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福井県勝山市の行列ができる手打ちそば八助。八助からみえる勝山の歴史とは?

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福井県勝山市の行列ができる手打ちそば八助。八助からみえる勝山の歴史とは?

「世界三大恐竜博物館」があるとして名高い福井県勝山市。この街に行列のできる手打ちそばの名店があります。「恐竜観光」でにぎわう勝山に、県外の観光客やメディアから確かな味わいを認められ、客足が絶えない。土日のお昼に何も知らずに行くと、「売り切れ」で食べられないこともしばしばです。

しかし、そのお店は、最近の流行りを取り入れていて、お客さんのウケがいいというわけではありません。

メニューは、「おろしそば」と「かけそば」「山かけそば」「ざるそば」の4つだけ。この4つを約20年間、変わらず続けているのです。

私はいつも、「温かいおろしそば」を食べます。おろしそばは、通常、ゆでた麺を常温もしくは冷たくなっているものに、大根おろしとめんつゆをぶっかけて食べます。しかし、この温かいおろしばは、温かいままの麺。するっと優しく口に入り、大根おろしも甘みが感じられておいしい!

おろしそばと言えば、冷たい麺が一般的で冬は食べられませんでした。でも、これなら冬でもイケます!

このお店は「手打ちそば八助」。八助は勝山市街の中心部、地元の仏壇屋さん、玩具店、日本酒の一本義久保本店など昔ながらの商店が立ち並ぶ界隈にあります。

看板からして昔懐かしい雰囲気。地元の人は特に夜の営業時間(17時~21時)に行くのがおすすめ。昼は人が多く、混みあっていることが多いそうです。

こののれんをくぐって入ります。

令和の時代にこれはなかなかない。平成の時代にもない、これは昭和ですね。

こんな昭和感が今も残る数少ないお店です。

八助がある勝山について

福井県勝山市は、おとなり大野市と合わせて、奥越(奥越前)と言われる場所にある、山のふもとにある地域。だからこそ、福井市街地とは違った昔ながらの雰囲気を残す街並みがここにあるのかもしれません。

大野の朝市、勝山の本町商店街、左義長祭りなど、「昔からの地域感」が残っています。

勝山・左義長祭りのようす(勝山市のホームページ ”奇祭「勝山左義長」と勝山市文化財の紹介”より )https://www.city.katsuyama.fukui.jp/kankou/sagityo/about/about01.html

八助がある勝山市栄町周辺にも、レトロなお店が並んでいます。

八助の店舗に通じる道は、非常に狭い道路となっていて、戦後の道路整備以前にあった道であることを感じさせます。古い道なのでしょう。

このお店に至る道は、どんな経由だったのでしょうか?歴史を少し、振り返ってみます。

繊維の街として栄えた勝山

勝山は繊維の街として栄えてきた歴史があります。

ケイテー松文産業など5つの大きな繊維会社があり、街の産業を支えていました。

「ガチャマン(万)」と言われるほど、繊維工場の機械が「ガチャ」と動くだけで「万」のお金が動いたということです。

「繊維産業が今のえちぜん鉄道(前身は京福電鉄)をつくり、保育園や学校を作り、発電所をつくり、勝山の文化を作った」と勝山出身の店員、小玉理恵さんは言います。

県外から出稼ぎに来て働いている人も多くおり、工場には寮もありました。もちろん、地元もの方も多く働いていました。

繊維産業で潤った勝山では、芸者さんも多く抱えていたそうです。今、勝山の冬の風物詩となっている勝山左義長祭りでは、子どもたちが櫓の上でお囃子をしますが、実はあれは芸者さんのことだったりもするそうで…


https://www.city.katsuyama.fukui.jp/kankou/sagityo/about/about03.html
勝山市ホームページ ”奇祭「勝山左義長」と勝山市文化財の紹介”より

「実は色恋沙汰や性的な表現もあったりするんです」と小玉さん。

小玉さんがつくった「左義長まつり」を解説するパンフレットには、櫓や左義長ばやしなど知られざる左義長のことがわかりやすく書いてあります。

それは知らなかった!実はそんな意味合いもあったとは…。福井市内に住んでいる私は、いつも新聞やテレビでその祭りを横目に見ていたものですが、がぜん、興味が湧いてきました。

そこには、知られざる人間ドラマがたくさんあったのだろうなぁ。勝山には、花月楼という文化財にもなっている近代建築もあります。(有形文化財ながら、現在も飲食店として稼働している建物です)

花月楼は料亭でした。明治時代に開業し、かつて花街として栄えた河原町通りにありました。花月楼の周りには、芸者と遊ぶ料亭や遊郭が並んでいたそうです。

勢いのあった繊維産業で、芸者さんを抱えるほどの経済力と活気を生んだ勝山。

しかし、普通に工場で働く市民がほとんど。彼らは、仕事帰り、大衆食堂に寄って、そばはラーメン(「中華そば」と言ったそうです)などを食べていたそうです。

「こびり」で満たす福井の食文化

福井ではもともと、農作業の合間に「こびり(こびる)」と言って、小腹を満たすものを食べる習慣がありました。まぁおやつですね。

おやつとはいえ、裕福な人たちのように、甘いお菓子を食べるわけではありません。あくまで、自分たちの身近にある食材を生かして、小腹を満たすそうです。10時や15時など、作業の合間に一服の時間をとります。

農作業から工場労働に変わっても、おそらくこの「こびり」感覚が大衆食堂に引き継がれたと思われます。

工場で働いた後、大衆食堂で一服する。

加えて、家庭内に風呂があまりなかった昭和までの時代、銭湯が街中のあちこちにありました。

2交代、3交代制の工場労働では、昼に仕事を終えた人、夜22時に終えた人が仕事帰りに、銭湯に寄って、大衆食堂に行って一服したそうです。

福井県立博物館にある昭和の大衆食堂。勝山に実際にあった食堂をこちらにセットしたそうです。

また、福井は夫婦共働きの家庭が多いので、家で料理するというよりは外食したり、お惣菜を買ったりというのが割と普通です。それはこの工場労働をしていた近代~昭和にかけても同様だったそう。

だからこそ、お腹がすいた仕事帰り、銭湯帰りにお腹をパッと満たしたい!

そばは、外でパッと頼んでするっと食べられる「昔のファストフード」とも言えます。

「手打ちそば八助」の成り立ち

手打ちそば八助はもともと、この大衆食堂にそば粉を提供していた「義野商店」でした。大衆食堂から蕎麦の実が持ち込まれ、実を粉に挽いて、その挽賃をいただくという商売をしていました。

戦後に、そば粉の粉引き屋さんとしての義野商店が誕生。18年前の2001年、そばを提供する飲食店「手打ちそば 八助」としても名をあげました。今は、そば粉の粉挽きにも応じつつ、基本的にはおいしい「蕎麦屋さん」として親しまれています。

昭和レトロ感満載の店内

八助は、看板、そのお店の外観からして昭和感満載のお店です。

今はあまり見られなくなったのれんをくぐって、中に入ると、和のセピア色に包まれます。

「これ知らんでしょう?」

お店の主人、義野正雄さんの娘さんである、店員の陽子さんに尋ねられました。照明を和紙で包むこの六角形の物体の正体は何でしょう?

答えは、田植えを手作業でするときに、転がして十字を作る「ワク」です。

田の漢字は、十字を口で囲む形になっていますが、実はこのワクが田んぼの十字をつくります。水田のぬかるみに、ワクを置いて転がすと、十字の線が、ワクの幅の分だけできます。この十字の線が目印となって、十字の交わるところに手で稲の苗を入れていたのです。稲の苗を入れるちょうどいい間隔が、十字の印をつけることで生まれます。

しかし、今はもう、手植えをすることはほとんどないでしょうから、このワクを見かけることはないですね。

「小学生から懐かしいって言われるのよ(笑)。なんで?まだそんなに生きていないでしょうって言いたいけど、なんかわからんでもないのよ」と陽子さん。

私も「懐かしいね」と言いたくなります。昭和時代にリアルタイムで生きていないけれど、おばあちゃんちに行った時のような感じです。

掛け時計、すだれ、壁の木材の茶色、小物を入れる棚、ポット・・・目に映るすべてが懐かしい感、だらけです。

招き猫を置くお店もあまり見なくなったような気がします。

何杯もお替りしてしまうおそば

勝山さんのそば粉を使い、石うすで粉を引き、昔ながらのシンプルな素材でそばをつくる。そば粉八割、小麦粉二割のあっさりとした食べやすいそば。細麺でするっとした、のどごし。福井~鯖江・越前の丹南地域では、十割そばや硬めのそばが多い中で、食べやすい味とやわらかさです。

だしも使わず、しょうゆと水だけで作った大根おろしの入った麺つゆは素朴な味わい。お店でうどんやそばなどだしつゆが入った麺類を食べると、味が濃くて舌がヒリヒリしてしまう私ですが、八助のそばは、そんなことが全くないのです。

細麺でするっと入り、無駄のないシンプルな味わいの麺つゆがさらっと食べられるので、2杯、3杯とお替りしてしまいます。地元の方には、3杯、4杯食べる方も多いとか。

大盛りはありません。2杯が通常の1杯とみてもいいくらいの量です。

あるいは1杯食べて、別のお店でカツ丼を食べたり、家に帰っておかずを食べてもいいかもしれません。

おそばは、小腹を満たすためのものなのです。「餅は餅屋」と言われるように、そばだけ提供しているからこそ、おいしいそばが食べられるのだと思います。

時代は変わります。私たちもあれこれと好みが変わります。けれど、変わらずあるものを見ていると、安心感しますね。

このお店には、勝山の繊維産業があって栄えたから存在した大衆食堂の面影を残す雰囲気があります。繊維会社の一つは勝山の博物館となり(「はたや記念館ゆめおーれ勝山」)、大衆食堂は福井県立歴史博物館の中に展示され、歴史上の建物となっています。が、八助は、今も変わらず現代にお店として存在しており、私たちの腹を満たしています。

ここに来れば、勝山の昔を感じ、昔につながる今を感じます。

看板の「義野商店」は、大衆食堂を支えた歴史。その流れの中で蕎麦屋として誕生した「八助」。店内にも昭和を感じるさまざまなもの。その一つ一つに、このお店が存在する物語を感じます。

蓋をひねる昭和風のポット、照明に使われた「ワク」、素朴な味わいのそばに昔ながらの4つのメニュー。店内では、時折そば粉を挽く石臼の音がします。石臼も、もう、家庭でもお店でも見られることはなかなかないですね。

八助は、懐かしいかおりが漂う生きた博物館のような味わい深いお店です。

  • 手打ちそば八助

住所:福井県勝山市栄町1-1-8

電話:0779-88-0516

営業時間:昼11時~14時、夜17時~21時

定休:水曜夜、木曜日 ※そばがなくなり次第終了

人気のお店のため、土日のお昼の時間帯にはそばがなくなることもよくありますので、なるべくお早めにお越しください!

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福井で観光しよう!っとなって、まず思い付く物は恐竜だと思います。 しかし、福井ってそれだけ?って思う人も、いるのではないでしょうか。 私は、県外から引っ越してきて、福井県の良いところってそれだけじゃないよ!って思う所が多々あり、その良さを伝えたい!っと思いました。この場を借りて、福井の様々な訪れて欲しい場所や、新鮮でおいしい食べ物を紹介させて頂きたいと思っていますので、どうかよろしくお願い致します!
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